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映画
2月末までが有効期限の映画チケットがあったので
先日の「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」に続き、映画館で。
それにしても、前回とは対照的に、今回は恐ろしくシンプルなタイトルだな。
映画って付けないと、検索でも探せない。。。
特別、どうしても見たい映画、というのがなかったので
強いて選ぶなら…と決めたわりに面白かった!!
この映画の舞台の近未来では、人は25歳で年齢がとまってしまう。
それ以上、何年生きたとしても外見は25歳の時のまま。
お母さんも娘さんも、おばあさんも、同じくらいの年齢にしか見えない。
そして25歳以降も生きていくためには
今の世の中のお金と同じように
自分で働いて、時間を稼いでいかなくてはならない。
みんな人生の残り時間が表示されていて
働いた給料は時間で支払われ、
衣食住の買い物をするにも時間で支払うことになっている。
上流階級に生まれれば、親から譲り受けた豊かな時間で
ほぼ無限に、贅沢に暮らしていくことができる一方で
スラムに生まれれば、どんなに働いても
その日、家族の命をつなぐのが精いっぱいのギリギリの暮らしを強いられる。
どんなに必死に働いたとしても、
人口が増えすぎた時には、
突然、給料を下げられたり、税金を上げられたりで時間を取り上げられ、
結局、スラムの人間は一定の割合で死んでいくように操作されている。
無限に時間をもっていても心が空虚な人、
やりたいこと・やれることがあったのに突然不条理に時間や愛する人を奪われた人。
時間を奪い合う人、時間を譲り合う人。
だいたい予想はつくのに、ハラハラしながら一気に見られました♪
主役の人(ジャスティン・ティンバーレイク)
なかなかかっこいいんだけど、「ソーシャルネットワーク」に出てたって。
何の役で出てたっけ?と思ったら
後半出てきたチャラ男っぽい、ショーン・パーカー役だった。
髪型もだけど、ずいぶん印象が違うな。
女優さんの方(アマンダ・セイフライド )も
誰かに似ててず~っと気になってたんだけど、結局、わからずじまい。
「マンマ・ミーア」に娘役で出てたらしいけど、その頃じゃなくて、
この映画の時、誰かに似てるんだよな~。キレイな人って、どこか似てるのかな。
映画「TIME」
2012年2月28日
未分類
震災の後、少ない金額の募金はしたりしたけど
何年かぶりに献血もしてみようか、と思った。
一時的に集中して、献血の協力者が増えても
血液を保存できる期間には限りがあるので
できれば、期間をずらして、
継続的に支援が途切れないようにしてほしい、という呼びかけを見て
もちょっと後にするかな…と思ったり、
わざわざ献血ルームに行くのもな、と思ってるうちに、そのままになってた。
もう1年近くじゃん。私ってやっぱり…
で、今日は、献血車が近所に来るというし、
冬は献血の協力者が少ないというので足を運んでみた。
けど、めちゃめちゃ協力者多くて、想定外の大行列。
結構、待たされるくらいだったんですけど(゚_゚i)
皆さん、献血カードに記録ぎっちりの、献血フリークみたいな感じだったんですけども。
私は、何年かぶり…と思っていたけど、
調べてもらったら、ゆうに10年は経ってますね~という話で
新しくカードを作ってもらった。
なんか、自分では、ついこないだって思うことが、ずいぶん前の話だったり
着実に年齢を感じる今日このごろ。
体重はしっかり50kgありますし、
比重もがっつり、血圧も正常な、たくましい私なので
400ml献血させてもらいました。
体重が足りなくてとか、比重が足りなくて…とか女性的なことが言ってみたい。。。
けどね、いざ献血する時になって思い出したんだけど
私って、予防接種とか普通の注射の時でも、血管出にくいんだった。
でもって、献血の針って、そういうのより太いから、結構、前の時も大変だったんだった。
針を刺す看護婦さんがなかなか上手な人で、それ自体は困らなかったんだけど
血液の出る速度が遅いみたいで
みんな寝てるのに、私だけ座って、温かい白湯を飲みながら
緊張をほぐしながら…とお手数かけた献血になりました。
献血の後、飲み物や粗品をもらうことがあるけど
地域で使える商品券みたいなのをもらった。
血液を売るようなことになるから、
金券みたいなのはダメって決まってた気がするけど
こういうのは、いいのかね。
まぁ、使えない粗品もらうより
狭い範囲とはいえ、自分で何に使うか決められるのは現実的にはありがたいけど。
う~ん、でも、商品券もらっちゃったら
なんかやっぱり純粋に協力できてない気もして複雑だわ。
400ml献血した後は、次の献血まで半年はあけてください、とのこと。
血液の成分とか血圧とか健康チェックになるし、定期的に協力したらいいよね、と思うけど
また忘れそうな間隔ではある。。。
2012年2月26日
未分類
パソコン講習のお手伝いに行ってきた。
Word、Excelの講座のサブで。
以前は色んなところでパソコンのインストラクターをやっていたけど
完全に家でホームページの仕事をするようになってからは
メインのお話をいただいても、サブの人数が足りないと言われても、
ご近所でちらっと教えてほしいと言われても、中途半端になりそうで断ってきた。
でも、なんとなく、今回は中途半端を承知でふらっと行ってみた。
こないだ、久々、昔の先生のところに行って、なつかしい気がしたからかな。
WoreやExcelを自分が使う分には、
新しいバージョンの機能やインターフェイスを勉強することもないから、
自分が教えていた頃とは違っているし、講座の途中からではあるし、
大丈夫かしら?と思っていたけど
基礎編だし、メインではなかったので、大丈夫だった(^_^;)
なぁんか、昔、パソコンがもっともっと普及してきたら
電話やテレビと同じで、わざわざパソコン講習なんて必要なくなる、と言った人がいたけど
ますます大盛況のように思える。。。
基礎編といっても、シニア世代の人ばかりじゃなく
意外に若い子も多いんだなぁ、とちょっとビックリした。
若い男の子とかパソコンは得意だろうと勝手に思ってたけど
スマホでインターネットぐらいはしても
いざお仕事しようという時に文書やプレゼン資料作ったりできない子は
むしろ増えてるのかもしれない。
それにしても、生徒さんに「ありがとう」と言われるのは嬉しいものだなぁ、と思い出した。
こっちは仕事で教えてるだけなのに
「わかるようになった」、「できるようになった」、「ありがとうございました」って
言ってもらえるのは、ほんとにありがたいことだなぁ。
教える仕事は色々あっても
こんなに「ありがとう。」を言ってもらえる仕事はないんじゃないかな。
あぁ、でも、そういえば、中には、困ったちゃんの生徒さんもいたな。
悪いことの方は思い出さない脳の仕組みになっているのか。
まぁ、また機会があったら、サブぐらいならしてみたいな…という気になった。
2012年2月25日
PCメモ
昨年、実験用(?!)に超格安ノートパソコンを1号に買ってやった。
Ubuntuを入れて色々やってみているみたい。
私はLinuxとか全くわからないけど
とりあえずパソコンは自分の部屋にもってあがらない、というルールなんで
いつもリビングで何かやっている様子。
それにしても、終了するたびに、パソコン壊れたか?!っていう
明らかに異常な音がするのが前から気になってた。
いっつもだし、こういう終了音なんだから別に大丈夫よ、って1号は言うけどね~。
こっちが気になるんだよ。
で、ググったら解決法があった。
こういうの調べて、自分で対応するようになってから
Ubuntuとかやってくれよぅ。
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/etc/modprobe.d/pcspkr.conf
というファイルを作成し、「blacklist pcspkr」と一行書いておけば解決♪
↓
1)/etc/modprobe.d/ ディレクトリに 空の pcspkr.conf ファイルを作成。(管理者権限で)
sudo touch /etc/modprobe.d/pcspkr.conf
2)pcspkr.conf をテキストエディタにて開く。(管理者権限で)
sudo gedit /etc/modprobe.d/pcspkr.conf
3)開いたファイルに、”blacklist pcspkr” と書き込み保存する。
4)Ubuntu 再起動。
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参考
Ubuntu日本語フォーラム
https://forums.ubuntulinux.jp/viewtopic.php?id=4781
2012年2月24日
映画
この映画って、原題は何ていうんだろう?と思っていたら
そのまま直訳だった。
”Extremely Loud and Incredible Close”
予告にあったあらすじは
9・11のテロでお父さんを亡くした主人公の男の子が
お父さんの残した鍵が何の鍵なのか
それに合う鍵穴を探して旅に出る…というもの。
主人公の男の子は
私が想像していたような
素直で人なつこくて好感度も高くってタイプではなくて、
もともと頭はいいけど
ちょっと普通の子とは違う神経質な感じの子で
映画の中ではアスペルガー症候群の疑いがあると言われていた。
だからこそ、お父さんは
この子が誰かに尋ねたり、誰かと話したりの練習になれば、と
いつも色んな謎解きゲームの課題を与えて、息子に解かせていた。
お父さん役のトム・ハンクスがいい味出してて
この子をいつくしむ気持ちが随所ににじみでていた。
このお父さんが亡くなる時には
ほんとにずっとこの子のことが気がかりだっただろうな、って思った。
でも、このお話って、実は、お母さんと子どもの話かな、とも思った。
自分がそっちの立場にいるせいもあるけど。
テロが起こって、夫や友達を失って、
色んな恐怖や不安におしつぶされそうで
そんな中、子どもに
「お母さんの方が死ねばよかった。」
って言われたら、お母さんもショックだよな。
その後、すぐに、慌てて、気遣った風に「嘘だよ。」なんて言われたら
よけい本当だなって思えて、またショックだよな。
でも、自分がショックというより
この子の中で、今、どんな葛藤が起こっているんだろう?
この子は大丈夫なんだろうか?って、やっぱりそっちの方が心配だよね。
テロの後、苦手なものがたくさん増えた。
地下鉄や密閉された空間、高い場所、飛行機やヘリコプター・そのほかの騒音、、、
きっと、この子だけじゃなく、たくさんの人がそうだと思う。
それらを乗り越えることは簡単ではないし、
失ったものを忘れることもないけど
そんな中でも、少しずつ成長していくこの子が
ほんとにいじらしく、いとおしい。
鍵を探すこの子と関わったたくさんの人たちが
この子を応援したい、この子の傷を少しでも癒してやりたい、と思うのは
それが自分たちを慰め、癒すことになるからかな。
痛みをわかちあい、見守るこの子の成長を通じて
自分も何か乗り越えられるかも、という希望が生まれそう。
9・11ばかりでなく
色んな天災・人災からの復興・回復を目指す人の気持ちは同じ。。。
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
2012年2月23日
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